River of the Covenant ーヘンリーズフォーク釣行記 その7ー
DAY 11 JLY/20 2024
土曜日。
「今日は何してたの?」
午後、毎日利用している宿所のグリルでいつものようにサンドイッチを注文した際に、アルバイトのメガネをかけた女の子に話しかけられた。
昨日も同じように話しかけられた。曰く、毎日何しているの?と。
アメリカ人らしい屈託のない会話だと思うが、確かに毎日同じような時刻にやって来てはメニューにあるサンドイッチとピザを順番に注文しているアジア人は一体何をしているのかと思ったのかもしれない。
毎日川で釣りをしている、こんな奴を釣ったと、釣った魚の画像を見せると、何となく納得してくれた。
今日も釣りをするために川に行ったけれども、風が強く釣りが出来なかったと伝えると、「ふ~ん・・・」と返ってきた。そして注文したサンドイッチを作り始めた。このように書くと塩対応な子と思われるかもしれないが、実は愛想がよく毎日来る私の名前も覚えていて、感じはいい。
件の子が出来上がったサンドイッチを席まで持ってきてくれた。お礼を言ってそれを頬張る。美味い・・・
今朝いつものように明るくなり始めた頃に目が覚めて起き出し外に出てみると、冷たい風、北風が強く吹いていた。空は青く今日も快晴のようだが風が強い。
ヘンリーズフォークで釣りをするのも今日を入れてあと2日。今日はどうなることかと思いながら、ルーティンをこなし川へ向かう。
いつものように20号線を南下しトラウトハンターショップの前を通りオズボーンブリッジを渡ってハリマン州立公園へ入る。
いつものように駐車場に車を止めて支度をしてミリオネアプールへ。駐車場には釣人らしい車が数台。
ミリオネアプールへの途中、今日の夜7時半からユースのオーケストラによる無料演奏会がある旨の貼紙が掲示板にあった。イブニングのついでに観にこようか。
ミリオネアプールを見渡す場所に出る。川面が風のせいで波立っている。荒れているというほどではないが、ライズの釣りをするにはちょっと難しいなと思う風波だ。
歴史景観地区の建物がある広場に、高いポールが設置されていて、星条旗とアイダホ州の旗が掲揚されているのだが、いつもはだらしなく垂れているかそよぐ程度のはためきしかないのだが、今日は力強くはためいている。
釣人はいない。いつものようにあぜ道を歩いて川辺に。
時々、期待を持たせるように風が緩くなる。このまま止まってくれと思いながらライズするであろうレーンを見つめる。いつライズが起こってもいいようにと川に入りライズするであろうポイントで待機している。
一瞬緩んだ風は再び強く吹き始める。星条旗が力強くはためく。
いつものシャツの上にウインドブレーカーを羽織っているが、それでも若干寒い。
これはライズ無いな・・・と、正午過ぎに諦めた。3時間ぐらい待ち続けたが一向にライズは無く風も緩くならないので仕方がないと諦めた。宿所に帰ろう・・・
宿所に帰り、昼食後いつものように午睡し、午後5時ぐらいに再び川に向かう。
その前に、トラウトハンターショップに20号線を挟んで向かい合っているヘンリーズフォークアングラーという釣具屋に立ち寄る。この日この釣具屋の隣でセージロッドの試投会が開催されていて、午後7時までやっているということだったのでイブニングに行く前に試投しようと思った。
駐車場に車を入れたときに、朝あった会場のテントもロッドラックも無いのがわかった。終了時間前に終わってしまったようだ。午後7時までと書いてあったのに・・・と悪態をつきたくなったが、これもアメリカと納得しておく。
仕方が無いので店内に入り買い物をした。会計のとき、なんとなく会話の成り行きで、こういう風の強い日はどうしたらいいのか?と若い店員に聞いてみた。
「この辺りで釣りをするのではなく、上流のボックスキャニオンの方へ行き、ストーンフライのニンフを使って釣ってみたらいいんじゃない?」
とのことだった。実際その話をしている時に2人組みの若者が店内に入ってきて店員に、ボックスキャニオンに行ってニンフでいい釣りしたよ!と言ってきた。
ライズに対峙するためにここに来たので、大きなインジケーターを着けてニンフを流す釣りをすることは無いが参考として聞いておく。お礼を言って店を出る。
朝の風が治まっていてほしいと期待してミリオネアプールへ。
残念ながら風は治まっていなかった。まあいいか、今日は釣りは止めよう・・・
釣り支度をせず川沿いにある轍を上流に向かって散歩する事にした。
何の目的もなく歩く。歩きながら何かを考えるでもない。ただ歩く。
レイルロード橋まで歩いてからミリオネアプールまで引き返した。
ミリオネアプールに一人の釣人。川の真ん中に立ち込んで流れにフライを投じている。インジケーターを使っているのでニンフを流しているのだろう。これなら風の中でも釣りができる。実際あとから数人の釣人がやってきたが、全員インジケーターを装着していた。
所在無げに川辺で釣人を眺めていたが、ユースコンサートの時間となったので会場に向かう。既に結構な人が集まっていた。保護者が大半と思うが意外と観客があるなとちょっと驚いた。
コンサートの内容は、初めにユース楽団の趣旨や沿革の解説があり、その後指揮者が登壇し一曲演奏してからオーケストラ編成や音楽理論について説明しながら数曲演奏し終わりとなった。演奏曲は知らないものばかりだったが充分楽しめた。
午後9時半ごろ宿所に帰る。まだ明るいなか、宿所に来ていたキッチンカーでチーズバーガーとポテトサラダを買って芝生に据え付けてあるテーブルで夕食とした。昼食の残り半分を夕食としていたが、それは明日の朝に回すことにした。丁度買い込んだバケットが無くなったので都合よかった。
食後自室に戻って部屋の片付けを少しだけする。荷物はいつでも纏められるようにはしてあるが、それなりに散らかっているので一回整理をする。毎朝簡単に掃除と整理はしているのですぐに片付く。
テレビのスイッチを入れてみるも相変わらずトランプ候補暗殺未遂のニュースかスポーツニュースくらいしかやっていないのですぐに切る。
明日の釣りへの準備をしてからシャワーを浴びてベットに寝転がる。夜は10度台まで気温が下がるが、部屋の断熱がしっかりしているのか寒くならない。窓を開けておいて丁度いい具合となる。冬は零下50度近くまで下がることもあるようなここラストチャンスなので防寒断熱対策はしっかりしているのだろう。
部屋の電気を消して、読書灯を点けて日本から持参した文庫本を読む。開高健「ベトナム戦記」と一ノ瀬泰三「地雷を踏んだらサヨウナラ」の2冊を持参している。釣りの本は持って来なかった。
ベトナム戦記をしおりを挟んだ箇所から読み始めたものの、数ページ進んでやめた。
本を放り出して寝転がりながら今日までアメリカに来てから目にしたものや出来事を思い返したり、奈良原一髙やアレック・ソスという写真家のことを思い返したりした。どうも奈良原一髙の「消滅した時間」のイメージが離れない。
また2年前に葉山の神奈川県立近代美術館でのアレック・ソスの展示を思い返しながら、ここで視ている風景とを重ねてみたりした。
「アメリカの分断」と言われるようになって久しいが、ここではそのようなことは何も感じない。一介の旅人にはわからないものなのかもしれないが、それでもそのような雰囲気を感じることは無い。穿った見方をすれば、このラストチャンスに来て出会ったり見かける人は全て「白人」であるから、そう感じるのかもしれない。厳密にはネイティブアメリカ由来の人もいるし中南米から来た人もいるが、ともかく圧倒的に白人の街だから、そう思うのかもしれない。
そんなことを散文的に思いながら寝転がっているうちに眠くなった。
明日は釣行最終日。明日は釣れるのだろうか・・・
つづく