自転車と釣りと余白と

自転車と釣りと周辺の余白について

River of the Covenant ーヘンリーズフォーク釣行記 その5ー

DAY   9   JLY/18   2024

木曜日。

釣行9日目の朝を迎える。
毎朝日の出前に起き出して、湯を沸かしコーヒーを飲みバケットとバナナを食べて朝食とし、下着類の洗濯をし部屋の掃除をしてから川へと出発している。ときおり起きてすぐにテレビのスイッチを入れてCBSニュースやABCニュースを視るも、共和党トランプ大統領候補が暗殺されかけたニュースばかりですぐに視るのをやめてしまう。テレビといっても電波を受信しているのではなくインターネット回線を通じてサブスク配信での視聴。なので映画やドラマも見放題なのだが、元来そういうものを利用していない私は専らニュースチャンネルを視るくらいしかない。そういえば今年はアメリカ大統領選挙の年なのに、ここラストチャンスでは選挙イヤーっぽさが全くなく、ただただ平穏な街道筋の宿場町であり続けている。ラストチャンスはアイダホ州に属し、アイダホ州はいわゆる「赤い州」つまり共和党の堅い基盤州だと思うのだが・・・

今朝もルーティンをすべてこなしてから宿所を出発した。
朝の爽やかな20号線を南下し、ヘンリーズフォーク沿いを走り、ウッドロードへ左折する交差点を直進し、オズボーンブリッジを渡って右折しハリマン州立公園へ。
日参したウッドロードを見切るわけではないが、どうも状況がよくないのではと思い今日はミリオネアプールに入ることにした。
これまで8日間釣りをしてきて、周りで魚を掛けている釣人を見たのはたったの1回だけだった。小さなレインボートラウトを釣っているのは数度目撃したが、それなりのサイズのレインボートラウトをヒットさせてやり取りしているのを見たのはたったの1回だけで、しかもその釣人は結局フックアウトし逃げられていた。変な話、2日前に自身が釣ったレインボートラウトが8日間で見た唯一の魚とも言える。無論見ていないところや時間で釣果があったとは思うが、10人ぐらいの釣人がいたにもかかわらず、ライズが盛んだったにもかかわらず、誰の竿も曲がっていなかった。土曜日に出会ったレネ・ハロップ氏も、盛んなライズに対してキャストを繰り返していたが、ついに釣る事はなかった。川から上がってきたレネ氏は私に、
「難しすぎる・・・」
と言ったので、本当にタフなのだと思う。そんなの、とうてい私なんかが釣れるわけがないじゃないか・・・
こうなるとあとはビギナーズラックを期待しちょっとでも可能性のある場所で釣りをするしかないと思い、今朝はここミリオネアプールへとやって来た。支度をして川に入る。

島影に隠れてわからなかったが先客があったようだ。ただ私が入ろうとしている場所からは200メーターくらい離れているように感じたのでそのまま入ることにした。とりあえず手を振って挨拶をすると先客も手を振って返事をしてくれた。これでお互いを認識したので無用なトラブルを防げる。
先客の上流側、バンクと中洲の間くらいまで立ち込みライズを待つ。今日ライズするかどうかはわからないが私はいつもこの場所でライズを見ているのでここで待つしかないと思った。
「God it!!」
下流にいた先客がそう言ったように聞こえたのでそちらを見ると、竿が曲がっていて、やり取りをしている。釣ったんだ・・・
慎重なやりとりをしている。見た感じ30メーターは走られている。ジャンプはしない。先客は慎重にラインを送ったりリールを巻いたりしている。
が、バレてしまった。
大きかった?と大声で聞いてみると、
「大きかったと思う。まぁティペットが7xだからねぇ・・・」
と返ってきた。そして川から引き上げていった。

午前10時過ぎ、立ち込んでいる先10メーターぐらいでライズが始まる。
いつものように単発かつ不定期、場所を小移動しながらのライズ。今までこのライズに何度もチャレンジしたが全く歯が立たなかった。
#20のPMDクリップルをライズのタイミングを見てキャストしドリフトさせること3度目に、ライズの主はフライを吸い込んだ。すかさずアワセをくれると、手にズシリとした手応えを感じる。そしてジャンプ。
大きい、かなり大きい・・・
一気に下流に走る。リールがジジジ!と逆転音を奏でる。止まらない・・・
ようやく止まった。竿を矯めて寄せにかかる。バッキングラインまで出かけたラインを巻き取りながらジリジリと寄せる。時折ググっと首を振る感触が伝わる・・・
あと10メーターぐらいまで間合いを詰めた。下流へ走った魚は今はサイドにいる。だがまだ姿が見えない。
フッと、感触がなくなった。
落胆する間もなくリールを巻きラインを回収した。またしてもティペット切れか・・・と思ったが、フライは付いていた。フックアウトだった。そしてフライを手にしてみると、フックのフトコロが開いていた。
自分自身でも不思議なぐらい冷静だった。感情的にならず、済んだことは仕方がないと気持ちを切り替えてフライボックスから新しいフライを摘み出して、新しく張り替えたティペットに結んだ。ティペットに傷はなかったが、先立って、昂ぶった感情を鎮める意味もあり新しいティペットに交換した。こういう作業が気持ちを鎮める。

午前11時過ぎ、立ち込んでいる下流でライズ。
これを狙おうと、ポジションを取る。ライズは徐々に上流、つまり私に向かってきている。そして私の左横を通り上流へ。
これまでライズに対してダウンクロスのポジションを取るようにしていたが、このライズは私を追い越してしまったのでアップストリームに投げることにした。距離は10メーターもない。
次のライズする場所を予測しそちらへ身体を向けてかまえていると、想定した位置でライズ。すかさず#18のPMDクリップルをキャスト。フライが流れ出して数秒後、何の疑いもなくライズの主がフライを吸い込んだ・・・
一気に私を通り越して下流に走る。リールが逆転しラインが出てゆく。その間テンションを保つべく竿を高く掲げて走るままに任せる。
止まった。
先ほどと同じく、竿を矯めて寄せにかかる。リールを巻きラインを回収しジリジリと寄せる。
今度は岸に向かって走り出した。私もそれに追従して岸に向かう。こちらから魚に近付いてゆく。
魚体が見えた。大きい・・・
息が少し上がっている。背中のネットを外すのが上手く行かずもどかしい。
あと少し、あと少し・・・
あと少しで魚を手に出来るというこの時間こそが、最も緊張し恐怖する時間。
最後の抵抗をする魚。見事な顔つきのレインボートラウト。
差出すネットに誘導する。満月を描く竿。
入らない・・・大きくて入らない・・・
何とかネットに収める。
水から魚を出さないよう気をつけながら草の茂ったバンク際へ。
バンク際に着くと、ネットを水につけて魚を確保した状態で安定したのを確認してから、肩にしていたバックを草むらに放り投げた。
ネットの中で静かにエラを動かすレインボートラウト。大きさは正確にはわからないが、どう見ても51センチ、つまり20インチはあると感じる。ネットの全長が61センチ、ネットの枠が内径で40センチ強。まあ大きさなどどうでもいい。何年か前からメジャーやその他計測する道具を持たなくなったので正確な長さはわからない。どうでもいい・・・
それにしても欠損した鰭もなく、傷もない魚体。

緊張と解決 顔つきが素晴らしいレインボートラウト

本当は仕事で使っている機材でじっくりと魚を撮影したかったが、出来るだけ早くリリースしないとならないので、スマートフォンで素早く撮影し、リリースした。
手の中でとどめておきたいという私の気持ちを知ってか知らずか、ゆっくりと川に消えていった。

いつの間にか、下流に釣人が入っていた。何か私に話しかけているが距離もあり上手く聞き取れない。
時間は正午すぎ。まだライズを探せばあるとは思うが、これで川から上がる事とした。
徒に釣果を求めるのは厳に慎むこと、魚獲りではなく、魚釣りをするのだという気持ちを思い出しておく。
川から上がってあぜ道を歩き、先ほどの釣人に上手く聞き取れず申し訳ないことを伝へつつ挨拶し、駐車場へ向かう。
宿舎への帰り道、オズボーンブリッジを渡り20号線を北上しラストチャンスの集落を制限速度の45マイルで走る。

これが、ヘンリーズフォークか・・・

伸ばされたフック 

ミリオネアプール近くの駐車場にて

わかりにくいが魚とやり取りする釣人

宿所に帰り、グリルでサンドイッチの昼食を食べてから午睡をし、夕方ウッドロードへ。
ウッドロードに到着すると誰もいなかった。そしてすぐに雲が流れ出して風が変わり、雨が降り出した。そして雷・・・
それが通り過ぎると、東の空に虹が出た。
結局、釣りをすることなく宿所に帰る。

宿所ではイベントが開催されていて、ステージでバンドが演奏しよくわからない歌を歌っていた。ロックでもなくカントリー&ウェスタンでもなく、何といっていいのかわからないがとにかく演奏して歌っていた。確かグリルに貼紙してあったなこのイベントの事をと思い出しながら遠目で観ていると、宿所の女主人が手招きしてきた。もっと近くで楽しめと。無料コンサートだから遠慮せず楽しめ!と。
つばの広いハットを被った男が若い女性を誘って踊ったり、持参した椅子に座ってビールを飲みながら鑑賞したりと、めいめいで楽しんでいる。
これもアメリカの田舎文化かと思いつつステージを観ていた。
ステージのバックに満月が昇る。
"Moon rose over an open filed"
サイモン&ガーファンクル「America」の歌詞そのものだ。

ウッドロードにかかる虹

"Moon Rose over an open filed"

明日は釣れるのだろうか・・・・

つづく