自転車と釣りと余白と

自転車と釣りと周辺の余白について

「Vor dem Gesetz」について ~フライフィッシング・本流ヤマメ釣り2022年備忘録~ 

本流山女(ヤマメ)

今年2022年も、春から初夏にかけて、いつもの本流へヤマメ(山女)釣りに通った。
もうかれこれ20年近くその川に通っている。飽きもせずよく通えると思うが、一向に飽きる気配が無い。
今年も桜が咲き始めた頃から川通いが始まった。

3月末日

峠道の雪が融けたのはつい最近の事。ようやく本流へ行ける。
3月の末日、昨年破損した竹竿の補修を頼んでいたロッドビルダーさんの工房を訪ねる。その本流のほとりにある工房を訪問するのが本流の釣りを始めるにあたっての毎年のルーティンとなっている。
手土産の地酒を提げて工房のドアをノックする。中へ招き入れられ、コーヒーを飲んで、四方山話をして、ではそろそろ・・・となり、二人して川へ繰り出す。遠くの山にはまだまだ雪が残り、晴天とはいえ少し肌寒い感じ。桜はこの辺りではまだ咲き始めと言ったところ。
いつものポイント、いつもの風景。
この時期はオオクマ(オオクママダラカゲロウ)が出るか出ないかと言ったところで、ライズが見れるかどうかもわからないという状況だけれども、ここ数年は安定してライズを見ているので今年もライズするだろうと楽観的に構えていた正午前、ロッドビルダーさんがライズを発見する。ハッチの主体は不明。
あぁ、今年も始まった・・・

ライズを待つ

まだ拗れる前のライズだろうと少々安易に考えていたそのライズは、中々手強く、流すフライを無視したり、反応をやめたりする・・・何回かフライを交換して、やっと釣ることが出来た。毎年この川で初物を無事ネットに収めるまでは、胃の痛い思いをするが、今年は特に胃が締め付けられて痛かった。緊張と解決、そして長いシーズンが始まった。

2022年の本流初物のヤマメ サイズはともかく緊張が弛緩する最初の1尾

4月中旬

最初のライズを釣ってから、暫く経った4月中旬、川原に立った。
私は、前回の釣行後すぐに沖縄へ飛び、亜熱帯の太陽の下で、その川のことを思い出しながら過ごしていた。釣りとは無縁の沖縄生活から帰ってようやく時間が出来て川へと向かった。川は何も変わらずにそこにあった。
水生昆虫の羽化、ハッチに呼応したライズを釣るのはフライフィッシングの特権といってもいいのかもしれない。というかそうであって欲しい。ハッチする虫に似せたフライ(毛鉤)を自作して、それを独特の竿と糸を使って、ライズする魚に向かって投げる・・・ごく単純(簡単ではない)な釣りだと思う。
その単純な釣りの一番いい時期が、その川では4月中旬からとなる。
正午を挟んだ前後2時間の間に、物語が進行する。
オオクママダラからオオマダラ(オオマダラカゲロウ)へと、ハッチが移行してゆく中、ヤマメ達は盛んにライズを繰り返し、釣人は心躍らせる。
この時期は川で釣り仲間に会うのが楽しみでもある。この川で待ち合わせをしたわけでもないのに顔を合わす釣り仲間。余計な身の上なぞ話す事もなく、ただひたすら釣りの話をして終わるだけ。気楽でいい。
頃合いにライズが始まる、話はそこそこにして皆目当てのライズへと向かう。

ライズへ・・・

今年は私の地元の釣り仲間をこの川に誘った。
一番いい時期を予想して誘ったものの、釣りは水物で、予想は必ず裏切られる。あれこれプロットを練るも、その通りには進まないのがドキュメンタリー。往復800キロの旅路を無駄にしてしまうかもと思うと、中々気軽に声をかけられない・・・
だけれども、そんな杞憂は無駄だった。
最盛期の川は躍動し、生命力に溢れていた。オオクマやオオマダラなどのメイフライがハッチのピークを迎えると、ヤマメも盛んにライズした。
釣り仲間も私も、翻弄されながらも楽しい時間を過ごした。

地元の釣り仲間の釣果

ある日は日帰りで、ある日は週末の泊まりで、地元の釣り仲間と釣りをしたが、どちらも印象に残る釣りになった・・・と思う(緊張と解決)。
春の大型連休前の、釣り仲間との釣行は、週末の土日釣行で川は釣人が沢山いた中での釣りだったが、みんな本流ヤマメを手に出来た。私も落穂拾いをしたが、充分に楽しめた。たまにはこういう釣りもいい。こうして前半を終えた。

初夏の躍動


5月の風

大型連休を挟んで5月の本流は、日中の釣りから夕方の釣りへとその主体を移行させてゆく。いわゆるイブニングライズの釣りが主体となる。イブニングライズ自体は4月からあるものの、本格的になるのは5月の連休を過ぎた辺りからだ。
ハッチの主体も、メイフライからカディスへと移行し、それでいて小さなメイフライが集中ハッチしてそれに固執するヤマメがいたりして、簡単なようで複雑(いつだってこの釣りは簡単なことはないが)な釣りを強いられる。そして、ライズを釣ることをテーゼとしていると、そのライズが、日暮の直前のわずか10分の間だけという事態が起こりがちなのもこの時期。それへの対処を迫られ、準備と段取りと手順を間違えると、とぼとぼと帰路につくことが多くなるのもこの時期・・・

代掻きも終わり、田圃に水が張られ稲が植えられたた5月のある午後、本流へ。
まだ日が高いうちは、瀬を釣り上がる。少し大型のメイフライを模したフライをドリフトさせると、それらしき場所からヤマメが出てくる。水温が上昇し魚のコンディションも良い。「うりずん」とは瑞々しいという意味の沖縄の言葉だけれども、まさにうりずんな景色とヤマメだと感じる。

うりずんの季節

またこの時期は、荒い瀬を大型のストーンフライを模した#6程度のフライでアクションを付けながら誘ってゆく、フラッタリングの釣りも面白くなる。
今年は大型のヤマメは釣れなかったが、それでも迸る流芯から飛び出してきたヤマメはいた。ライズの釣りとはまた違う釣りで少々ルアー的ではあるものの、これはこれで楽しい。

流れの真ん中から豪快に飛び出してきたヤマメ

 

こうして鮎釣りが解禁となる6月までを本流で過ごした。
その中で、一番印象に残っているヤマメは5月の下旬のある日、夕暮れ時にライズしたヤマメ・・・

小さなライズの正体

その日は昔からの釣り仲間もその川に来ていた。お互い単独行動だったので電話で連絡をとって入るポイントなどを確認しあった。

私はイブニングライズに実績のあるポイントで待機した。だけれども、どうにも落ち着かず、別のポイントへ移動した。既に暗くなりかけてはいたが、どうにか別のポイントへ入る事ができた。

イブニングのポイント

・・・このポイントはここ数年ずっとルアーマンが入れ替わりに入っているポイントで釣りをしたくても出来ない状況だった。私自身はいつもオオマダラの季節にはそれなりにいい釣りをしていたので、最近のそういう状況が残念でならなかった。ある日偶々誰も居なかったので釣りをしてみると、放流固体であろうヤマメが核心ポイントから出てきてガッカリした。
その時に一人のルアーマンがやって来て少し話をしたのだが、どうも昨年(2021年)に大きなヤマメがこのポイントでルアーで釣れたらしい・・・と教えてくれた。らしい・・・というのはSNS上での情報だそうで、出所もハッキリしないらしいが、何故か場所だけはここだと確信を持っていた。ここ数年の状況はそういう事情なのか・・・と、妙に納得した。
そのルアーマンは自作ミノールアーだけを使って釣りをするそうで、色々見せてもらったが、工芸的美はあるなとは思ったが、それ以上の感慨はなかった。また彼は私の持っている竹竿と1950年代の英国製のフライリールに興味を持ったようだったので、試しに振ってもらったが、感嘆詞が少し出ただけだった。その後彼はそそくさと川に入って行った・・・

というようなここ最近のポイント事情ではあるが、とにかく空いていたので、さっさと川に立ち込んだ。

午後7時前、全く水面に変化が無いまま腰まで浸かった状態で立ち尽くしている。
それらしい流れを凝視しているが変化が無い。
水生昆虫のハッチも無い。
・・・
プールの尻で、何か飛沫が上がった気がした。
そちらを注目しても、何も無い。
やにわにストーンフライ(オオヤマカワゲラ)が水中からハッチしてきた。
瞬間、飛び立ったストーンフライの下で何かが波紋を立てた。
ヤマメのライズだ。
それっきりかと思ったら、暫くして、その場所から少し上流に移動して、静かに鼻先を出すライズをした。1回・・・2回・・・夕闇迫る中、静かにライズを始めた。
フタオカゲロウ系の#16番位のメイフライがハッチしているのだろうことは過去の経験から何となく推測できた。なのでそれに合わせたフライを既に6Xのティペットに結んであった。
あとはそのライズへ向かって投げるだけ。距離はちょっとある。
ともかく投げる。
上手い具合にレーンにフライを入れられた。
ゆっくりドリフトするフライ。
フっと鼻先を出すヤマメ。
吸い込まれるフライ・・・
竿を煽って、アワセをくれる。

手に伝わる衝撃から、大きいとわかった。
ローリングをさせまいと竿を横に寝かせて矯めにかかる。
無理は出来ない・・・
ゴボゴボッ!!という音をさせながら、ヤマメはもんどりを打つ。
一向に手前に寄せられない。
じりじりとした時間が過ぎる。

その日同じ川の別のポイントに分かれて入った釣り仲間が作ってくれたネットにヤマメが収まった時には、既に辺りは薄暗くなっていた。
メジャーを持っていないのですぐにはわからないが、明らかに尺(30cm)は超えている。

静かなライズの主

サイズだけは知りたかったので、太いティペットを魚体に合わせて切り取る。スマートフォンでヤマメを撮影し、元気なうちに流れに戻す。
ヤマメは、ゆっくりと深みに姿を消していった。

別場所でイブニングを迎えた釣り仲間に電話をし、落ち合う。
メジャーを借りて、先ほど切り取ったティペット片の長さを測る。
尺は優に超えていた。

このヤマメを釣った日から、実はその川には行っていない。何となく、これで今年は終わりにしておいた方がいいのじゃないかと。

雑感として

少しはフライフィッシングの初心者になれたかなと思ってはいた自分自身だったが、初心者どころか入門すら出来ていない、それ以前の事象で止まっているということを思い知らされた。どうしたらフライフィッシングの入り口に立てるのだろうと、また振り出しに戻らされてしまった。迷中迷・・・

とうとう門番が行ってしまうのか・・・開いていた門は閉ざされ、そこを通る事は生涯出来ないのかもしれない。
フランツ・カフカ "Vor dem Gesetz" を思い出す。


本流ヤマメ釣り備忘録2022年