自転車と釣りと余白と

自転車と釣りと周辺の余白について

Beyond Reason 理性を超えて

 ヒラスズキフライフィッシングで釣ることが私にとってのパイオニアワークだった頃の話。
理性を越えた先に。

 ・・・

 低気圧の通過した12月の朝濡れた山道をひたすら歩き稜線へ登り詰めたその眼下、木々の間からわずかに見える海岸線は、打ち寄せる波に覆われていた。
夜が明けるまでは雨が降っていた。今は降ってはいないが、未だ鉛色の雲が空を覆い、それは陰鬱とした色彩で水平線に溶け込んでいた。
稜線から山腹を降り磯に立つ。打ち寄せる波は強く、そして厚いサラシを形成していた。時折来る大波を注視しておかないと、身体を持っていかれるような荒れ具合だった。
磯際から少し離れ波の具合を見ながら、ロッドを継ぎ、リールからラインを引き出してガイドに通してゆく。その間も、幾重にも波が打ち寄せて来ては、汀を真白に覆い尽くしてしまう。

30ポンドのショックティペットにフライを結び、それをガイドに掛けてリールを巻き取り、ロッドを肩に担いで満潮の潮溜まりを歩き、打ち寄せる波のタイミングを見て少し大きな岩の上に飛び乗る。
飛び乗った岩の先は一面のサラシ。それは打ち寄せる波によって拡がっていた。その寄せる波の幾つかは、私の足を駆け上ってきた。
ガイドからフライを外し、リールから投げる分だけのラインを引き出して、足元に溜め、タイミングを見計らい、フライを投げる。波の引きによって出来る流れを感じながら、ラインを引きフライに動きを加えながら手繰り寄せてくる。

何度かそれを繰り返した後、その瞬間を迎えた。

リトリーブする左手の感じていた抵抗が消えたと同時に、サラシを割って跳躍したヒラスズキ。その後、ロッドとラインに重みが伝わった。
ギッと胃が締め付けられ、極度の緊張を強いられる。外れるな、外れるな・・・
少し長いやり取りの後、どうにか寄せてきたヒラスズキを、立っている岩の背後の潮溜まりへ誘導し、自身もそこに飛び降りる。腰まで浸かりながらヒラスズキの口を掴んで、大波が寄せて来ない内に安全な場所まで退避する。無事取り込めた・・・
足元に横たわるヒラスズキ。白銀の胴と薄く青みがかった背。メジャーを取り出し、長さを測り、デジタルカメラで魚体を撮影し、余韻に浸る間もなく、ヒラスズキを海に帰した。

f:id:keepcool:20210225122126j:plain

まだ釣れる・・・

やり取りで壊れたフライを新しいものに替えて、再び岩に飛び乗り、サラシに対峙する。先程と何も変わってはいない風景は、時間を逆行したかのようだった。

そして、再びその瞬間を迎えた。

今度は明確な躍動を手に感じ取った。やり取りも、少しばかり余裕が出来たのか、ロッドの描く曲線を見る事が出来た。それでも相変わらず胃が締め付けられる緊張感は変わらない。
無事取り込むことが出来たヒラスズキは、やはり白銀の胴と青みがかった背をしていた。口元に刺さったフライを外し長さを測って撮影して、海に帰した。

f:id:keepcool:20210225122157j:plain

2本目のヒラスズキを釣った後も、同じように、フライを新しいものに取り替えて、岩の上に乗り、サラシに対峙した。
そして、投げるべきタイミングを待った。

投げなかった。もういい、止めよう・・・

左手の指先で保持していたフライをロッドのガイドに掛け、出しておいたラインをリールに巻き取った。そして、岩から降りた。

もういい、もういい・・・

投げていたら、確実に釣れたはずだ。だけれども投げるのを止めた。
不意に、形容しがたい感情に支配された。それが何なのかはわからないが、既にヒラスズキを2本釣った余裕からではないのだけは確かだった。そんな事ではない・・・
それは理性を越えた先に、あるのかも知れないと、漠然と思った。

しばらく海を眺めてみた。相変わらずサラシが拡がっている。何か変化した事と言えば、鉛色だった空が、青く澄み切ったことぐらいか。
その青い空を見上げた。

f:id:keepcool:20210225122421j:plain

 

・・・

 今から13年前、2008年12月の出来事。

Beyond Reason 理性を超えて